天比登都柱(あめのひとつばしら) それは夢の島・壱岐
また神の世界と地上の世界を結ぶ一本柱の國、それが壱岐

どうぞ、食を文化をご堪能ください

私と汐彩屋さん



汐彩屋さんは村井省一くんが跡を継いだアジの干し物、うになどを扱う海産物屋さんです。
村井省一くんは中学校、高校の同級生です。
彼は気づいてないでしょうが、僕は彼に注目してました。
なぜ?と言われると明確には答えれません。

高校時代彼は壱岐高校特有の公務員クラスへ進み、きちんと郵便局(1988年当時)へ入局。
後で聞きましたが、最初の赴任地は現在の福岡県三井郡大刀洗町だったと。
郵便局の移動がどういうものなのかは詳しくないですが、壱岐に帰り、沼津郵便局に赴任したとの噂を聞きました。
そして、2007年に再会した時は彼は勝本郵便局でした。
私の家の6軒隣です。

まあ、対応が素晴らしかったですね。
ご老人の方には優しく、評判が良い青年になってました。
地方の郵便局など当時は上から目線が多かったですが、彼は銀行業務を行うような対応を心からしてましたね。
自惚れですが、やっぱりなぁ、という感覚だったのを記憶してます。

その後福岡での僕の生活は、食事制限があるものの不精で調理嫌い、台所が汚れるのが嫌いな為、アジのひらきの焼き方に書いているようにアルミを引いて極力、洗い物が少ないように工夫してました。
おふくろに送ってもらっていたアジのひらきを一体どこで購入しているのか確認したところ、同級生の村井くんとこと聞いたときには驚きました。
おじさん、おばさんがやっていたとは知らずに食べていたわけです。二日に一度。

しばらくして彼が郵便局を辞めたという話を聞きました。
なんとなく直感的に理解しました。

もったいない、という声をよく聞きました。
まあ、あなた方はそう思うだろうね、と思いましたし、それも仕方ないかな?とも思います。

僕は今年の1月28日、突然彼の家を訪問して自分がしてること、したいことを言いました。
そして、なぜ辞めたのか聞きに。
この時点で僕は決めました。

彼のものを扱う、と。

今年の4月彼と話し合い通販を始めることを決めました。
この干し物作業はものすごい重労働です。
一人ではできません。
彼に尋ねました。商工会入ってる?と。答えはNoと。行事ごとに行く暇がないから、と。
これが本来の姿だと思います。

だから、彼の干し物やうにの美味しさを本当に美味しいものを世の皆さんに伝えたくて始めました。

彼が大会社だったらやっていないと思います。
うににしても壱岐産と書いていてもフィリピン産が入っていたりします。
それは悪意ではなく、大手ならではの悩み、需要に追いつかないんです。
汐彩屋さんは、100%海士が獲ったうにです。
そして、アジのひらきは天下一品です。
 




 

【壱岐の象徴・猿岩】

猿 岩

 

【全国の月讀神社、月讀宮の元宮】 

月 讀 神 社