みりん干を桜干と呼ぶようになったのは次のような謂れがあります。
1.原料のマアジは、桜の季節である3月~4月のものが脂肪が少なくみりん干に最適とされ、冷凍技術の無い頃はこの時
期が製品の最盛期であったことから
2.魚を開いて干したそのかたちが桜の花びらに似ていることから
3.桜の如く花開くように(末広干の名称にも一致する)広がるようにと生産者の願いを込めて
謂れには諸説ありますが、そのどれも間違いではないでしょう。
しかしその桜干の名称が全国的に使われるようになったのは、次のような経緯が有ります。
昭和6年当時、「みりん干」は嗜好品扱いの食品として鉄道の輸送費が高く設定されていました。
そこで当時の鉄道省に陳情し、「みりん」という名称を使わないで申請すれば輸送費の安い惣菜品として出荷出来る事とな
り「桜干」として申請、輸送するようにしたのです。
その後各業者も同名称を使用したことから、桜干の名称が定着していったようです。
昭和6年に鉄道省へ陳情した記録には既に桜干の名称が使われています。
公的な記録で桜干の名称を記載しているのはおそらくこの資料が最も古いものだと思います。
これによるとこの当時既に桜干の名称が一般的だったと考えられます。
記録にはみりん干ではなく、「桜干(末広干トモ言フ)」と記されており、「内地(国内)ハ勿論台湾、朝鮮、満州方面ニ至ル迄
全国クマナク輸送消費セラレツツアリ」となっており、桜干はかなり広く認知され、消費されていたと推測されます。
【壱岐の象徴・猿岩】
【全国の月讀神社、月讀宮の元宮】