天比登都柱(あめのひとつばしら) それは夢の島・壱岐
また神の世界と地上の世界を結ぶ一本柱の國、それが壱岐

どうぞ、食を文化をご堪能ください

長崎県(壱岐市)・深江神社(壱岐)

壱岐・深江神社


遭遇って感じ。

深江田原?ってとこになるのかな。

壱岐登録の神社って150社らしいからね。

その本を壊れた車に置き忘れた気がするような。

パンちゃん家に預けてるかもしれない。

まぁ、再稼動の日までお預け?

あっ、原発じゃないよ。

しかし、壱岐の島って凄いよ。

たぶん、他の市町村から比べると人口は同じでもコミュニティが多いんだと思う。

長所であり短所でもあると思うな。

基本情報
所在地:〒811-5321 長崎県壱岐市芦辺町深江栄触682


【Official site】










『神社明細帖』に「深江神社、式外、但深江村ノ内元川北村ヲ除クノ外氏子百三十二戸」「勧請年月不 詳。社地一反一畝十八歩半、無税。造営民費、但旧藩主ヨリ白銀五枚寄附」「攝社比売神社。末社稲荷神社、清 水神社」、『壱岐国神社田畑帳』に「深江大明神、宗廟、社領高二石祭米四舛四合定祭九月廿七日御代参あり」と 記されている。
 「上棟龔奉再興深江大明神御宝殿一宇」と天正十一年(一五八三)九月の上棟の文にも見えるように、当社は 深江大明神とも言われている。『続風土記』は「当社神祇官の神帳にハ鎮守大明神しるし鳥居の額にハ霊鑑とし るす壱岐神社帳云山方深江大明神本社古来にて勧請年數しれす宝殿拝殿あり」と述べている。松浦鎮信花押の慶 安二年(一六四九)六月、また延宝三年(一六七五)九月の棟札などが伝えられているが、社殿造営ごとに、国主 より白銀五枚を寄進せられ、明治九年(一八七六)十二月には村社となり、更に、大正二年(一九一三)十二月に 神饌幣帛料供進神社に指定された。
 延宝の改め以前は式内社であったとされるところから、後藤正足は山方「との宮」姫大明神、式内「との神 社」すなわち與神社をもって、当社の前身と見ている(『壱岐神社誌』)。例祭は十一月十一日である。


壱岐には神社登録が150あまりあります。現在、四二社巡りなどイベントなどが行われていますが、選別された大きな神社です。
福岡市で言えば、中央区、博多区、東区を合わせた程の面積の中に150社の登録。神社密度はかなり高いと言えます。
この壱岐という福岡市からジェットフォイルで1時間、フェリーで2時間10分の距離の島に。
また、長崎県の遺跡の6割が壱岐にあると言われています。
?泉も神功皇后が産湯に使ったと言われ、1700年の歴史の?泉です。
?泉の色も珍しい『赤湯』と呼ばれる珍しい色です。




 

【壱岐の象徴・猿岩】

猿 岩

 

【全国の月讀神社、月讀宮の元宮】 

月 讀 神 社