【壱岐の言葉】
現在、人口27,000人を切った島。
変わらないものがあります。
言葉です。
何弁というと思います?
僕らが学生の頃は40,000人を優に超えていたわけで特に壱岐市という概念はありません。
壱岐郡があり、それぞれの郷ノ浦町、石田町、芦辺町、勝本町で独立した自治体でした。
さて?(笑)
壱岐・対馬地方という呼ばれ方をよくします。
対馬のことをよく対州(たいしゅう)と言います。
ちなみに廃藩置県前は対馬は対馬藩で壱岐は平戸松浦藩です。
壱岐のことを壱州(いしゅう)と呼びます。
小さいころ馴染みはなかった言葉です。
だから、壱岐は総じて壱州弁と言われ思われています。
ところが反旗を翻す地区があります。
そうです。
勝本町勝本浦です(笑)
ここだけに存在する『勝本弁』です。
※写真を添付します。
赤いマークをつけてます。小さいです。密集してますが(笑)
『島の中だから似たようなもんだろう』と思われると思います。
通じません。
なぜこうなったのかはわかりません。
昔、くじら組が栄え、京都から芸者をたくさんだからという説がありますが、都市伝説だと思ってます。
高校の時、他町のやつから『勝本浦だけ、島が形成される時、後でくっついいた』と言われた時は『どんだけ時間かかんねん!!』と一笑しました。
当時の小学校区域(当時18小学校)でいえば勝本小学校だけです。
しかも、今でも壱岐の標準語は勝本弁だと内心は思っているはずです。勝本浦の人間はwww
だから僕が喋れるのは、勝本弁と博多弁と標準語です。
壱州弁は喋れません。
人数?
圧倒的に壱州弁が多いですwww
ここはスペインじゃなく、僕らはカタルーニャ人でもバスク人でもありません。
民族は同じです(笑)
困るのは敬語が使えないこと。
ほぼ、その概念がないので、世の部活などで言う『先輩!!』なんて言ったことがありません。
だから、高校に入り、部活に入り、3年生を名前で呼んで、殴られ、殴り返そうとして押さえつけられた奴がいます。
はい、僕です。
壱岐高校に行かなきゃよかったと最初に思った瞬間です。
あとあと真二に聞いたら、壱岐商業は『勝本中学4年やけん変わらんやった』と(汗)
あとすごい男を知ってます。
真二の一つ兄のパンちゃんです。
大村市の歯科技工士の専門学校に壱岐高校を卒業し行きました。
翌年、運転免許を取るために、大村市の試験場に行かないといけない為、パンちゃんところに泊まりました。
徹マンです(汗)
あっ、僕は麻雀はしません。競馬と競艇しかw
驚いたのは、長崎市、大村市、諫早市などから来た方々が、か、勝本弁を喋ってるwww
彼の偉大な一面です(笑)
だから、思ったんですね。
他県、他市などから移住された方など、地域おこし協力隊の方も、転勤で来られた方も何で島に違う言語、そう言語です(笑)があり、驚かれたんじゃないかと。
勝本弁って直らないんですよね。
だって、みんな直す気ないですから(笑)
【壱岐の象徴・猿岩】
【全国の月讀神社、月讀宮の元宮】