天比登都柱(あめのひとつばしら) それは夢の島・壱岐
また神の世界と地上の世界を結ぶ一本柱の國、それが壱岐

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壱岐牛の歴史

 
壱岐牛の歴史
長崎県の壱岐市は玄界灘に浮かぶ 南北17km・東西14kmの島。
壱岐の畜産の歴史は古く、弥生時代の壱岐の歴史を物語る「原の辻遺跡」からも、家畜牛の骨が出土しています。 鎌倉時代の国産の牛を解説した国牛十図にも『筑紫牛』の名前で壱岐産の牛が紹介されており、昔から壱岐島が牛の産地であったことがわかります。 

壱岐の牛は、昔は『壱岐牛』とは言わず『壱州牛』と言われていました。
壱岐の島は四方を海に囲まれ、玄界灘の暖流の影響もあって、とても気候の穏やかな自然豊かな土地。 昔から農業が盛んな壱岐で、主として耕作を手伝う使役牛として用いられていた壱州牛ですが、農業の機会化が進んでも壱岐の畜産業が生き残ったのは、その肉質の良さからです。
壱岐の牛は 島特有の潮風により適度な塩分を含む飼料を食べて育つので、ミネラル分豊富で肉質は柔らかく、霜降りのお肉でありながらも、脂は上品であっさりと食べられるという特徴があります。 
 
 
壱岐牛を名乗るには厳しい条件が必要です
壱岐で生まれ育った牛が、すべて『壱岐牛』と名乗れるわけではなく、『壱岐牛』の名前で牛を出荷する為には、とても厳しい規定があります。
①まず、壱岐で生まれて壱岐で育った黒毛和牛であること。
②壱岐市農業協同組合肥育部会の構成員により育てられていること。
③そして、エサも「一支國」とういう配合飼料で育てられていること。
④ 日本格付け協会で肉質等級が5等級、4等級、3等級以上のものであること。
これらの厳しい条件を満たしたものだけを『壱岐牛』と言います。
壱岐牛は島内での一貫した生産という条件があり、決して他の地方では肥育されていません。 
『壱岐牛』が手に入りにくい、という現状も人気に拍車をかけているのです。 
 
壱岐は全国でも有数の子牛の産地
平成25年度 の日本農業新聞の市場子牛平均価格ランキングで、壱岐牛は全国7位になり、近年大変人気を集めています。
壱岐で生まれた子牛は、その肉質の良さから全国でも人気が高く、但馬牛・松坂牛などの名だたるブランドの肥育農家がこぞって子牛を買い付けにきます。
壱岐で生まれた子牛は、島を出て各産地のブランド牛として育てられ、出荷されるときはその土地の地名のブランド牛の名前が付けられます。有名な松坂牛も、壱岐で生まれ、 壱岐の市場で買い付けた子牛を松坂牛として育ててるということも珍しくありません。
一方で、『壱岐牛』の肥育農家は、他の産地で生まれた子牛を買い付けに行きません。『壱岐牛』と名乗れる牛を出荷するためには、壱岐で生まれ、壱岐で育った牛でなくてはいけないという規定があるからです。
壱岐の肥育農家は、壱岐で生まれ、壱岐で育ち、愛情をこめて育てられた肥育牛を『壱岐牛』として年間、約1000頭程出荷しています。
『壱岐牛』 口に含むと溶けるようになくなるという特徴があり。 
福岡を中心に高級焼肉店や鉄板焼きのお店等で現在大変人気があります。
『壱岐牛』は今後、福岡・大阪・東京へと販路を拡大しながら、『壱岐牛ブランド』として全国に広める活動を積極的に行っています。
 
 




 

【壱岐の象徴・猿岩】

猿 岩

 

【全国の月讀神社、月讀宮の元宮】 

月 讀 神 社