天比登都柱(あめのひとつばしら) それは夢の島・壱岐
また神の世界と地上の世界を結ぶ一本柱の國、それが壱岐

どうぞ、食を文化をご堪能ください

奈良県(吉野郡十津川村)・七色休憩所

20170419

高い

基本情報
所在地:〒637-1556 奈良県吉野郡十津川村桑畑155

【Official site】





十津川村
十津川村(とつかわむら)は、奈良県の最南端に位置する村。

概要
奈良県の最南端に位置する、同県最大の面積を有する村である。日本の施政権が及んでいる範囲において最大の面積を持つ村でもある。 琵琶湖(669.23km²)や東京23区(621.98km²)よりも広い。鉄線つり橋の長さや路線バスの距離でも日本一を誇る。
実質公債費比率が奈良県内で最も低い市町村でもある。

地理
東西幅33.4km、南北幅32.8km。
村の中央部を十津川が南流する。
村を含む奥吉野は、紀伊山地によって周囲との交通が隔絶されてきた地域である。その影響で、近畿地方ではあるが東京式アクセントを用いる(言語島)。詳細は奥吉野方言を参照。

隣接する自治体
Flag of Nara Prefecture.svg奈良県
Flag of Gojo Nara.svg五條市
吉野郡上北山村
下北山村
野迫川村
Flag of Mie Prefecture.svg三重県
熊野市
Flag of Wakayama Prefecture.svg和歌山県
Flag of Tanabe, Wakayama.svg田辺市
Flag of Shingu, Wakayama.svg新宮市
東牟婁郡北山村

歴史
平成23年台風第12号による災害で被災した村営住宅の跡地
山間の農耕に適さぬ地形のため、古来免租の地域としてその時々の権力者の支配を受けずに半ば独立した村落共同体として存在し続けた。免租の特権を保証してくれる実力者側に常に出兵し、古くは壬申の乱以来幕末までこの政策は変わらなかったが、明治維新後に免租特権が廃止された。また、建武の新政の際には楠木正勝がここを拠点とし、以来尊王の姿勢を明治維新まで貫いた。周囲とは隔絶した地域だったため、独特の文化・気風があり、十津川郷士を輩出した。
1863年
天誅組に十津川郷士が募兵により参加。
7月25日 - 郷章を制定する。
1889年 - 十津川大水害により168人が死亡、村落の大部分が壊滅状態になり、約2500人が北海道へ移住。新十津川村を開拓。
1890年6月18日 - 北十津川村、十津川花園村、中十津川村、西十津川村、南十津川村、東十津川村が合併して、十津川村が誕生。
1892年1月25日-27日 - 小森に新庁舎ができる。
1948年10月 - 小原に役場庁舎が完成し移転。
2004年7月1日 - 『紀伊山地の霊場と参詣道』が、ユネスコの世界遺産委員会により「世界遺産一覧表」(文化遺産)に登録された。十津川村には熊野古道小辺路と大峯奥駈道が通り玉置神社がある。
2010年9月 - 「日本で最も美しい村」連合に加盟。
2011年9月3日 - 台風12号による集中豪雨により、野尻地区をはじめ広範囲で土砂崩れおよび河川の氾濫が発生。同月29日時点で5人が死亡、7人が行方不明。

村域の変遷
明治22年    明治23年    現在
奈良県
吉野郡
北十津川村    十津川村
十津川花園村
中十津川村
西十津川村
南十津川村
東十津川村

行政
県の機関
奈良県警五條警察署分庁舎(十津川警察庁舎)
五條土木事務所(工務第一課五條南方面係および工務第二課)




 

【壱岐の象徴・猿岩】

猿 岩

 

【全国の月讀神社、月讀宮の元宮】 

月 讀 神 社