天比登都柱(あめのひとつばしら) それは夢の島・壱岐
また神の世界と地上の世界を結ぶ一本柱の國、それが壱岐

どうぞ、食を文化をご堪能ください

壱岐視点(銀行&保険)

銀行と保険について

銀行が勝本町にないのをご存知ですか?郷ノ浦町に十八銀行・壱岐支店と親和銀行・壱岐支店があり、石田町と芦辺町には出張所があります。
これは古き良き時代の勝本漁協信用部(銀行業務)が入れさせなかったという説もありますが真実はわかりません。
壱岐市とくに前壱岐郡時代は漁協、農協(信用部門)が強く、銀行を使っていたのは郷ノ浦町の商売をやっていた方たちの割合が高いと想定してます。
漁協、農協、郵便局が強い島で民間銀行は実績ベースでは取引額としては劣っていたと思います。
漁協は漁師さんが設備投資のため貸付(通常は融資と呼ぶ)、農協は農家の方が、これも設備投資のため貸付を行う。うちの母など民間銀行に口座は持たないみたいです。
漁協と郵便局なんだと思います。
ちなみに銀行には
・日本銀行
・都市銀行(みずほ・三井住友・三菱東京UFJ)
・地方銀行(十八銀行・親和銀行・福岡銀行・西日本シティなどなど)
以前は第一地銀と第二地銀という格がありました。
十八と福銀は第一地銀だったと記憶しております。

日銀、都市銀行、地銀の役割についてはまたいつか。

通常の都市では農業都市、漁業都市以外は普通、地場の地方銀行を利用するのが通常だと思います。または併用などですね。そういった意味では壱岐市はちょっと、農協、漁協に偏っている傾向にはあると思います。

保険についてもほぼ同じで、この世界も1997年に金融ビッグバンと言われた年からかなりの変遷がありました。
しかし、壱岐ではよく【共済】という言葉を聞きます。これを職員が日常会話で民間人に言われると正直戸惑うと思います。私は仕事上、知っただけで恐らく何のことかわからないと思います。
【保険】が普通です。私がなぜ【共済】という言葉に慣れ親しんだか?仕事上、(守秘義務は勝手に終わったことにします)JAと仕事上のお付き合いがあり、関西と三重県を担当していました。なぜ?コールセンターがJA??と。コールセンターとはテレマーケティングの一手法であり・・・。ここも割愛します。長くなりますんで(汗)
で、学んだことはJAという組織(笑)
壱岐市の状況がどうなのかは知らないのでなんとも僕には言えません。
大阪、滋賀、京都、奈良、和歌山、三重、私がお付き合いしていたのは県連です。だから単協(JA壱岐などの上部組織)ではありません。しかし、この組織、田舎に行けば行くほど組合員が強い、強い。逆ピラミッドになってます。市民社会も本来はこの逆ピラミッドのはずなんですけどね(笑)

県連は単協に行きたがらない。単協は組合員に会いたがらない。これで保険契約(共済)が獲れるのか?と頭抱えてました。
ちなみにお陰様で?全共連にも行かせて頂きました。
はい、永田町の砂防会館の無駄に大きな建物です。ホント大きいですよ。

その時代だったと思います。
奈良でタクシーを使った時、『何が美味しいですか?』的な質問をしたところ『ないでんな~』、作ってでもなんか言えよ、と思いましたが(汗)
和歌山では那智勝浦、新宮と行きましたがとにかく不便。【那智の滝】を拝見させて頂きましたけどね。暇でしょ?(笑)
かと思えば滋賀・大津、京都・京都は駅二つでいけます。

そして、熱意ある担当の方もいらっしゃいました。三重県の共済担当、上の方と戦ってらっしゃいましたね。単協の方にも頭下げ下げ、走り回ってらっしゃいました。仕事が決まった時、抱きつかれました。ちょっと引きましたけど(汗)当時20代後半の僕からすると50前のおっさんなわけで(笑)←あっ、俺やんw
でも、感激しましたね。
お祝いだ!と仰ったので、来たか!松坂牛!と思いましたが普通のランチでした。
お名前覚えてます。
そして、なんと彼は、僕が壱岐出身であることを告げると、口をあけたまましばらくジッとされ、『俺、行ったわ、新婚旅行で』と。
もうちょっといいとこ行けよな、と思った20代後半の僕でした(笑)

あらら思い出話に変わってるwww

つまり、専門用語、業界用語は業界内だけで使うもので、一般の社会で、特に営業職とかの場合など専門用語などは極力使わずにお客様にわかる言葉で接することが大切ですよ~♪
ということです。




 

【壱岐の象徴・猿岩】

猿 岩

 

【全国の月讀神社、月讀宮の元宮】 

月 讀 神 社